何の仕事でもそうですが、モチベーションが無くては仕事になりません。そのモチベーションの源泉と言うのは、例えば仕事の面白味であったり適度な責任感であったりしますが、多くの場合で忘れられがちなものがあります。

9230178勘の良い方なら既におわかりでしょう、それは「社会的使命感」です。社会人の一人として、社会に対してどのような価値を提供するのか、そしてどう社会を良くしていくのか。これは非常に重要なモチベーションの要素と言えます。

ところで、弊社では原則として「モチベーション」と言う言葉を使いません。「モチベーション」とは聞こえは良いのですが、純粋に日本語で表現出来る言葉は、出来る限り日本語を使いたいと言う単なる我侭からです。と言うわけで、弊社では一般的にモチベーションと言われるものを、労働意欲と呼んでいます。意欲と言う言葉を久しぶりに目にされた方もおられるのでは無いでしょうか。

さて、労働意欲を沸き立たせる源泉として、しばしば「モチベーション研修」なるものが行われています。モチベーション講師と言う種類の人もいるようで、よくマズローの欲求五段階説を活用し、
「みなさんは自己実現していますか?」
などの質問を投げかけています。

しかし大変申し訳ない事ではありますが、私はモチベーション講師の方々が仰る事は詭弁に過ぎないと断定しています。と言うのも、自己実現と一言にまとめたところで、本当に自己実現しようものなら会社の組織はバラバラ、誰も彼もが好きなことをやり始めて企業は確実に崩壊してしまいます。

自己実現を私生活で行え!と言う人も大変多いのですが、私生活で自己実現してしまうと私生活の方が楽しすぎて、日頃の仕事に対する意欲は激減します。確かに“意欲”は向上しますが、それは仕事とは無関係の方面での意欲。企業側が求める労働意欲の向上には繋がらないのです。だから、弊社では「モチベーション」と言う曖昧な表現を避け、「労働意欲」と名言しているのです。

マズローの欲求段階説とハーズバーグの動機付け衛生理論の混合表

マズローの欲求段階説とハーズバーグの動機付け衛生理論の混合図

企業が人材に“モチベーション”を求める時、それは即ち”労働意欲”を求めているのであって、私生活は企業にとって知ったことでは無いのです。なぜなら、従業員の文化的・経済的な私生活を満足させるために給与は支払われているのですから。それに加えて、私生活の意欲は労働意欲に繋がらないどころか、労働意欲を低下させる原因にもなりかねないからです。

だからこそ弊社では労働意欲の向上を目指すために、一人一人に社会的使命感を強く持って貰いたいと思っています。そしてその社会的使命感は、即ち企業理念に直結するものでもあります。

企業とは経営理念および企業理念を軸に企業ドメインが決定します。企業ドメインを元に経営戦略が練られ、そこから枝分かれした先に、戦略実行部隊として営業部や総務部があったり生産部やマーケティング部があったりします。人はそれらの各部署に配置されて仕事をするわけですから、労働意欲の源泉として企業理念が無くてはいけない、と言うのは当然の話でしょう。

企業ドメインとは、企業が活躍する分野および地域を指します。例えば弊社の企業ドメインは「接客によって主たる収入源を得る業界」こと小売業、飲食業、サービス業など(第三次産業とまとめられます)です。

さて、社会的使命感の出来上がる経緯についてですが、ここにまた一つの大きな落とし穴があります。使命感を形成するのは理念。しかし使命感とは部署に応じて、そしてその部署で働く人に応じて千差万別になると言う部分。例えば人事部と営業部は理念の解釈が大きく異なります。

某大手飲食チェーンの理念を引用してみましょう。

一人でも多くのお客様にあらゆる出会いとふれあいの場と安らぎの空間を提供すること。おいしいものがあって、良いサービスがあって、良い雰囲気がある場所に、好きな人と一緒にいる…。こんな場面を提供したいと考え、「安全・安心・手づくり」の商品開発、サービスレベルの向上、快適な空間づくりにこだわっています。外食産業は人を幸せにする産業だと考え、「お店はお客様だけのものである」を店舗基本理念として、今後も笑顔の溢れる場面を一つでも多く提供していきます。】

この理念に基づいて労働意欲を向上させることが、果たして人事部の人々に出来るでしょうか?いいえ出来ません、出来る筈がありません。と言うのもこの企業の理念は、飽くまでも「店舗の理念」であって、企業全体に良い影響を波及させるほどの力を持ち合わせていないからです。加えて言うのであれば、「お店はお客様だけのものである」と言う言葉を素直に実践するなら、さっさとお店の経営権や不動産をお客さんに分け与えた方が早いのです。

I Robotより

映画[アイ・ロボット 原題:i ROBOT]より

揚げ足取りではないか、と批判される方もおられるかもしれませんが、これは揚げ足取りでも何でもありません。「理念」だから「そうしなくてはいけないこと・絶対に守るべきルール、憲法」なのです。重要なのは、この理念には解釈の余地がなさ過ぎると言うこと。部署に応じた解釈、人に応じた解釈が出来ず、不自由な理念なのです。

だからこういった理念で労働意欲を向上させる事は、「絶対に出来ません」。労働意欲を向上させることが出来る理念と言うのは、ある程度解釈の幅を持たせているものなのです。解釈の幅は広すぎてもいけませんし、狭すぎてもいけません。そして何と言っても、社会的使命感に溢れていなくてはいけないのです。そう言う意味で捉え直すと、上記の理念が「社会によい影響を与える」ものではなく、単に「お客さんに尽くす」だけのもの、と言うのは明白ですね。

弊社は教育の際に「”全てはお客様のために”言う詭弁は二度と言わないで下さい。あなたがたは幾らそういう綺麗事をいったところで、結局自分のために働いているんですよ」といった内容の事をよく言っています。「その代わり、お客さんのことをしっかり考えて下さい。お客さんの立場を理解して下さい。誰にも負けないぐらいに。そうすれば、自然にお客さんが喜んでお金を支払って下さる仕事を、自ら創造できるようになります」とも言っています。

企業の社会的使命感があるから、「私はこの仕事を通じて、世の中にこれこれこういった貢献をしたい」と言う個人個人の考え方が生まれます。その考え方や貢献方法は、個人によって異なるのは当然のこと。それを上記理念のように具体的に指定してしまっては、すなわちロボット的な労働を従業員に強いることに繋がってしまうのです。

労働意欲を向上させることは、即ち社会的使命感を強く持つ事につながります。労働とは理念を実践すること。その理念がある程度の解釈の幅を持っているからこそ、個人の成長の過程において発生した出来事や体験を通じて、個性あふれる労働者を生み出す事が出来るのです。それでいて一本の理念に基づいた考え方なので、自己実現系モチベーションとは大きく異なり、組織がバラバラになることは有りえません。

よく経営理念や企業理念、基本理念といった言葉が重複して使われます。しかし企業理念と基本理念は似たようなものである一方、経営理念と企業理念は全く別物であることに気付いておかなくてはいけません。経営理念とは経営する上に置いて必要な理念、すなわち経営者および経営層のための理念であり、「企業全体に必要な理念」では無いのです。企業理念や基本理念は「企業全体を通じて共通する理念」なので、これは新入社員にも共通して適用する事が出来ます。経営理念と企業理念をごっちゃ混ぜにしてはいけませんね。

私の大好きな映画の一つ、チャップリンの「独裁者」の名演説から、一部を紹介します。

チャップリン「独裁者」より

映画[独裁者 原題:The Great Dictator]より

You are not machines!
You are not cattle!
You are men!
You have the love of humanity in your hearts!
諸君は機械ではない!
諸君は家畜ではない!
諸君は人間だ!
心に人間らしい愛を抱いてるのだ!

独裁者によって操られた兵士達に投げかけられたこの言葉は、まさしく現代労働者に対して投げかけられていると考えても良いでしょう。

全ての労働者は仕事を満足に行う為に、生活を整え、仕事の技術を高め、知識を研鑚する必要があります。そしてその為に、労働意欲を持ち続ける必要があるのです。労働意欲とは即ち労働者一人一人の社会的使命感から生じるもの。

弊社の教育では、まず理念をしっかりと解釈させるところから始めています。御社ではどうでしょう?解釈の幅を持たせた理念は存在しますか?理念が単なるお飾りになっていませんか?